演奏家は短命な仕事では?

芸術っていろいろな分野があると思いますが、ここでは演奏家に焦点を絞りたいと思います。

演奏家というのは、数ある芸術を生業とする人の中でも短命な仕事の1つと言えるでしょう。

演奏家は、作曲家が作った曲を演奏するのが仕事です。

演奏した音楽というものは、楽器を弾いた瞬間にしか存在しません。

CDなど録音するという方法もあるのですが、この手段が取れる演奏家はまれです。

同じ音楽でも、作曲家というのは芸術としてのあり方は非常に長命です。

作曲者は音楽を作り、それを楽譜にすることで演奏家へ自分の思いを託します。

演奏家はそれを音へと再生するわけです。

しかし、作曲家が時には評価を得ずに不遇の時代を過ごすことがありましたが、演奏家は優れていればあっという間に評価されてスターになれます。

楽譜は時代を超えていきます。

さらに、短命だというのは肉体的な問題もあります。

2~5歳くらいで練習を始めた演奏家は、うまく行くと10代でコンクールで賞を受け、20代から本格的に仕事として演奏活動をするようになります。

それがソリストかオケマンかに関わらず、肉体はだんだんと衰え、60歳を過ぎる頃には体力の低下は明らかです。

耳の能力も衰えます。

今までの巨匠たちも、70歳後半よりのちに旺盛な演奏活動をした人はいません。

ということは、おおむね演奏家としての形を獲得した20歳ごろから約50年間が演奏家の生命だと言えるのではないでしょうか。

一方で楽譜は300年とか200年とか受け継がれていますし、作曲家が死んでしまっても残っています。

演奏家は死んでしまったら2度と演奏することはできません。

事実、誰々ふうの演奏、などというものはないのです。

CDは残っているかもしれませんが、それは同じ演奏を奏でるだけです。

演奏というのは、毎回違うことに音楽家の存在意義を持っています。

1回の演奏をするごとに、演奏家は進歩するのです。

そして、演奏会というのは観客によっても成り立っています。

その日そのホールに集まったお客さんもその演奏家のキャリアの一部なんですね。

芸術の中でも絵画などとは性質が異なるわけです。

演奏はそこに残すのではなくて、そこに一瞬だけある存在です。

1音は弾かれ終わったらもう残りません。

人びとの記憶には残るでしょうが、音は存在しません。

とまあ、こういうふうに考えたとき、演奏家という仕事が短命なのではないかと思ったわけです。

ただ、短命なのが悪いとか、長命ならいいのかとかそういうものじゃありません。

単に「演奏家とは」という側面を考えてみたかったのでした。